意識高い系社畜が会社をやめてからの記録

思考、感情、こころの、点と点をつなぎ、本当の自分へ還る方法を探します。

70日目:自分でなんて決めてない、と思った方へ。

会社を辞めてから70日が経過いたしました。
びっくりするくらい、自由。

68日目:全部、自分で決めている。と考えてみる。という記事を書きました。
そんなん決めてなーい!あたしの責任じゃなーい!そう思われる方もいらっしゃると思います。

わたくしは、つい先日までそうでした。
もう、この会社辞める!会社勤め辞める!そう決心するまで、ずっとずっと言い訳を続けていました。

わたくし、二十年ほどwebの業界でディレクターを生業にしておりまして、遊ぶために仕事をする、そして遊ぶように仕事をする。をモットーに明るく前向きなシャチク生活を送ってきたわけです。土日がなくても一人でリニューアルできるもん!とか、今考えれば管理者不在の業務をようやってきたなと呆れますが、思考停止(=意識高い系)とはそんなもんです。うすっぺら。

そんなわたくし、夫の海外赴任で帯同か別居かの決断を迫られるわけです。
(ま、実は流されてるだけで、決断してないのですが)。

海外に行くのは、夫の仕事のためだから。
だから、仕事もやめなきゃいけないのだから。

…別についていかなくたっていいわけ、仕事も辞めなくたっていいわけですよ。
でも思考停止してるので、夫について海外に行きました。

そしたら、辛いんですよー。
仕事やめた自分なんて、なんの価値もない人間みたいで。
あんな楽園に行って、三か月くらいずっと死にたいって考えてました(うそだろー、楽しそうだったやーん!というツッコみは今なしでお願いします。その三か月超えたら楽園でした)。

ほんと、あの頃の自分、死ねばいいのに。
戻れるならば、ぶん殴りたい。

逃げてたのですよ、わたくし。
自分で自分の人生を決めるということから、ずっと。
どう生活をしたいか、どう仕事をしたいか、そんなことを考えること、辞めていました。

そんな、自分の感覚なんて放置してしまっていたら、いつのまにか心のあり方と、生き方がばらばらになってしまっていた。
それが「仕事しないのは苦しいけど、このまま仕事していくのも苦しい」
なんておかしな心の状態を作り上げてしまった。
(のちに、無力ビリーフが自分にあることを発掘していったりするわけですが、それはまたいつか)

仕事やめるのも、海外行くのも、再就職するのも、全部他の言い訳をつけて、自分で決めることから逃げてきたのです。

でも神様はよく見ていてくださるもので、逃げてるとちゃんと目の前に置いてくれる。
しかも、何度でも。

再就職のお声をかけて頂いたときは、本当にうれしかった。
しかも、再びお仕事をさせていただいたおかげで、新しい視点で今の自分を見直すことができました。
みんながしんどい職場になってしまったけど、わたくし個人に関しては感謝してもしきれません。

まず、決めているのは自分だと自覚すること。
自分しか、自分の人生は決められない、と覚悟すること。

起こっている現実を、全部自分の選んできたこととして受け止める。
これができて、はじめて自分の人生を変えることが出来たのです。

もう、仕事辞める。
あの決断で、ようやく自分の人生をハンドリングするための一歩を踏み出すことができました。

そうなの、会社のあんなイヤな奴とか、無責任な上司とか、文句ばっかいう顧客とか、そんな些末なことも全て、自分自身だと受け止めなおすことが、変化への第一歩なの。

「あいつのせい」にして、自分の責任逃れをしている限り、変化は訪れません。
まず、全部「自分で決めた」これが一歩です。

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