信じる勇気をとりもどす旅

思考、感情、こころの、点と点をつなぎ、本当の自分へ還る方法を探します。

103日目:幸せが思い描けない人(1)

会社を辞めて103日目ですって。
タイトルを書き始めて、
これってわたくしですわ。
と自分に突き刺さった夕刻。
蒸し暑いですね、ごきげんいかがですか?

2016/07/12 blog photo horiesanae

最近わたくしの周りでは、
物欲に関する話を、
とんと聞かなくなりました。

自分もそうですが、
モノ買っただけでは幸せでなくなった
ってことなんだな、と感じております。
モノより思い出、素晴らしいです。

その反面、
この先どうしていけば幸せになれるんだろう、
のような会話をよく聞くようになりました。

不思議ですね、
そこそこにみなさん幸せだと思うのですが。

昔から地獄というのは、
舌を抜かれたり、生きながら茹でられたり、
死んでも死んでも切り刻まれたり、
具体的な苦しみというのは想像しやすいものです。

しかしながら、天国といわれると、
なんぞ天使が羽ばたいてたり、
心地よい音楽が広がっていたり、
甘くやわらかでふんわりしたイメージだけで、
具体的に、といわれると、
なぜか思い描くのが難しい世界観でもあります。

これって、なぜだと思います?

マズローは晩年、
自己実現理論には、五段階説の上にもう一段、高次の欲求があると考えていた。」という説を読んでいて気が付きました。

なーんだ、まだそこまで幸せになった人、
あんまりいないのじゃない?

みんな知らないから、
具体的な天国って想像できないんじゃないの?

マズロー欲求段階説

1.生理的欲求
(生きるための最低限の欲求、食欲、睡眠欲、排せつ欲など)

2.安全欲求
(健康で安定した生活を営んでゆくための欲求。秩序だった社会、衛生的な生活など)

3.社会的欲求
(社会に必要とされている、果たせる社会的役割がある、という感覚を持てる)

4.尊厳欲求(承認欲求
(自分に価値があり、尊重されることを求める、地位、名誉、など他者からの評価ではなく、自己信頼感、自立性のような自分に対して持てる感覚が優位)

5.自己実現欲求
(自分が自分として適した能力を発揮し、具現化しているという感覚)

この上に
6.自己超越欲求

マズロー欲求段階説は、
人は自己実現に向かって
絶えず成長を求めるという仮説に
基づいた考え方です。

生命を維持する原始的な欲求から、
より安定した生命の維持の欲求へ。

その上に、
社会的に必要とされたいという欲求や、
自己実現的な欲求が出てきます。

いまの日本にいる方の多くは、
住む家がないとか、
毎日食べるものにも事欠く、
という事態は避けられている場合が
多いと思います。

が、これが一旦大規模な震災や、
戦争なんて話になれば、
自己実現なんて言ってられないですよね。
食うものよこせって話になります。

実際に東日本大震災の時、
我が家の最寄りのスーパーでは
食料の奪い合いになりました。
ほんと、一瞬で下の段階に降りてきます。

ほんのちょっと前まで日本は、
貧しくて、物がなかった時代なのですよね。
家電の三種の神器(黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)
なんていうのが出てきたのが、ほんの50年前。
いま、洗濯機、冷蔵庫がないと生活が難しいですよね。

幸せとか豊かさっていうのが、
モノに象徴されていた時代です。

いま、そのモノは満たされました。
その次の幸せを目標にしたいのです、が。

そうなのです、
いまわたくしたち、全日本人的に共通の
「目指すべき幸せ、豊かさ」
という指針がないのですね。

下の方の生理的欲求や安全欲求というのは、
平穏な世界で秩序だった社会が営まれてゆけば、
おのずと満たされてゆきます。
社会が満たしてくれるのですね。

しかしながら、
社会的欲求、承認欲求自己実現欲求は、
それぞれが個々に役割も出来ることも違ってきます

ですので、共通項がないのです。

ということは、
いままでのように生活していても、
社会は与えてくれないですし、
むしろその幸せというのは、
わたくしたちの世代が
初めて経験することなのかもしれないのです。

そう、モデルタイプがいない中での
自分探しとなるわけなのです。

ですので、具体的に幸せが思い描けない人、
というのは、自分が何に幸せを感じるのか、
あんまりよくわかってない人、
と言えるのです。

ちょっと長くなりましたので明日に続きます。

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