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信じる勇気をとりもどす旅

思考、感情、こころの、点と点をつなぎ、本当の自分へ還る方法を探します。

自分を大切に扱うための〈魔法〉

前回この記事を書きました。
〈魔法〉って書いたけど魔法ではないです。
この、魔法についてもうちょっと書きます。

dotzdotz.hateblo.jp

自分を縛っている過去の記憶、
忘れられない言葉、
不自由にしている思い込み。


そんなものを、
コツコツと10年ほど捨てては拾い、
また捨てては選び直す。
という作業をしてきました。

2017/04/06 blog photo by horie sanae


でもやっぱり、自分では気がつけなかった
自分の根っこにある思い。
これを、ひっこ抜いてもらったことで
相当楽になったんです。


では、即座に他人(カウンセラーさんとか
セラピストさん)に頼った方がいいのかというと、
私はあんまりそう思って無いのです。


目を背けたくて仕方がない、
出来れば開けたくないパンドラの箱
(自分の忌まわしい部分)に、
自らすすんで手をかける勇気。


これが、一番私に必要だったものだから。


この勇気を手にせず、他人に頼っていたら、
きっと今の、自由さや優しさの中には、
いられなかっただろうな、と思うので。


それは
自分で選び取った、つかみ取ったもの。
誰に与えられたものでなく、
自ら心の底から欲して、手を伸ばした結果、
腑に落ちたものだから。


何がしたいかわからない、
  どう生きていきたいのか、
    幸せってどういうことなのか、
      わからなかった私が!!


苦しんでもつらくても、
どうしても手に入れたいと
心の底から願ったもの。


それは、
実はもう、全部手にしていた。


それに気がついたときには、
ひとりで大爆笑。


アクション映画で、戦いが終わったあと
主人公が笑うシーン、アレですアレ!


生きるのが苦しい!つらい!
なにやってたんだ、私は!
そんなふりしてただけかいっ!


ひとり芝居かいっ!!


でもね、
なにもしなくてもそれが手に入ったのかというと
やっぱり、そうではなくて…


沢山の社会や世間の洗脳を
全部、自分視点に置き換える作業を
地道に続けた結果なんです。


このブログも続けて一年になりますが、
ずっと価値観を見直すという記事を書いてきました。
思い込みに気がつくカテゴリは、およそ価値観について書いています)。

こんな記事とか

dotzdotz.hateblo.jp

dotzdotz.hateblo.jp

私の変容に必要だったものは、
パンドラの箱を開ける勇気
そして、自分の根っこを支える価値観を捨てる勇気。


どっちも勇気が要ることだった。
だって、自分の人生ずっとそれで支えてきてたんだもん。
パンドラの箱はまた次回書くとして、


自分の根っこを支える価値観を捨てる勇気。


これ、これが、昨日の記事で言う〈魔法〉です。


ちょうど一年前。
仕事やめて専業主婦になったんです。


専業主婦なんて体の良い言葉で、
プーですプー。


私の中には、
仕事で社会に貢献していなければならぬ!とか、
夫の稼ぎをあてにせずとも生きていける女でなくてはならぬ!とか
まんま母親から受け継いだ「思い込み」
という価値観が無意識下でフル稼働しておりましたんで、


辞めたけど(!)辞めるのむっちゃ怖い。
家に居ても何かしてないと落ち着かないから、
なんか作ったり、こまごまと動く動く。


だって、その思い込みの後ろには、
社会に貢献できぬお前はダメ人間だ!とか、
夫の稼ぎをあてにしていたらいつか捨てられるぞ!とか
そんな脅しが隠れてるんですわ。


ダメになりたくない…捨てられたくない…
その恐怖感に縛られて…奴隷ですわ。


こんな記事もあるよ

dotzdotz.hateblo.jp

でも、ダメ人間でもいい!捨てられてもいい!
もう私の人生これまでだ!と、その思い込みを捨てたら…


びっくりするほど、なんもなかったんです。


夫はいつにも増して優しい。
春先だから温かくしてね、とか
お小遣い大丈夫?とか言ってくれちゃったり。


めっちゃ怒られるんじゃないかと思ってた母親も、
なんか、大丈夫なの?とかって優しい。
(これは後に「いじめられて仕事をやめた可哀想な娘」
と思ってたことが判明)。


誰も責めないし、誰も怒らなかった。
まったくの思い込みだった…。


その後、母と話をして、母も同じ思い込みがあること、
人は所詮一人なのよ!とか人は孤独なものなのよ!
とか切ない思い込みがたくさんあることなどを発見。


そんな風に気がついてからは、
ひとつひとつの思い込みの、その裏にある愛を感じては
手放すことができるようになった。


私自身が、思い込みの鎧を外していけばいくほど、
なんかビックリするんだけど、周りの人がみんな優しくなった。


今まで自分で生きていくのじゃー!って
頑張ってた時には全くなかったことなんだけど、
疲れてない?風邪ひいてない?なんて言葉をかけてもらったり
道を教えたお礼にお茶をご馳走になったり。


そして、あれから無事に一年経つのですが、
いま、一年前と何も変わらずプー太郎です。
掃除してご飯を作る、それだけの毎日。


でも、見える世界が全く違う。
ただ、朝起きて無事に生きてることに感謝できる。

だって、稼げないぷーたろ、
周りの方々に生かして頂いている。


それでもなぜか、一年前は全く想像していなかった、
川沿いに桜の咲く美しい街に住んで、


ただブログを書いて好きなことを学ぶ、
それだけがこんなに楽しいなんて。


でもね、実はずっとやってきたことでもある。
ずっと、ブログは書いてたし、
ずっと、本読むのも好きだったし、
ずっと、人の話聞くのも好きだった。


ただ、それを許可してなかっただけ。
そのまま、そこで生きているだけで大丈夫だったって。
好きなことを好きにする自由を、自分に与えてなかっただけ。


だから、


自分はそれに値しないと無下に否定しないで。
そんな呪いをきっぱりと否定し、
自分を自由にすることを許す勇気を、
どうかあなたの手元に取り戻してください。


と書きつつも、最初からそんな勇気持てたら苦労せんわ!
と思う自分も居るので、その話はまた次回に。
(という先送り人生)



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